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変化する中国: 2020年の中国政府による薬価交渉で得られた教訓

2020年12月、中国国家医療保障局(NHSA)は、2020年国家医療保険償還医薬品リスト(2020 NRDL)を公表し、継続的な薬価の大幅引き下げの傾向を示した。

本GTアドバイザリーは、以下の主要な考察について検討する。

  • 中国は、2020年暫定措置の公表を通じ、引き続き医療保険償還制度を整備している。「踏石を探って川を渡る」という中国独自の理念の下、世界最多を誇る人口に向けた手頃な医療制度の構築に努めている。
  • NRDL新規収載には50%以上の割引が、先行NRDL製品の継続収載には薬価の再交渉が前提となる。
  • 中国の公的医療保険から医製品が償還を受けるには、NRDL収載が唯一可能な径路となる一方で、NRDL収載にこぎつけるまでに製品の商業上の寿命を支える暫定的な解決策として、商業保険、患者支援プログラム、自費治療などがある。実際の所、最終的にNRDL収載となるのはごく一部に限られるため、医薬品メーカーは、希望するNRDL収載への戦略を進める前に、これらできる限りの暫定的な措置をきちんと講じることができるのか事前に判断をする必要がある。
  • NHSAは、外国医薬品メーカーとの交渉において優位性を高めている。これは、承認審査の迅速化へ向けての規制改革と、地元企業による画期的新薬の市場投入増加により、以前よりも製品の償還サイクル毎に海外医薬品メーカー製品に対抗する代替療法が増え、競争が激化しているためである。NRDLもこの競合的交渉を奨励している。
  • NRDL収載を実現させるには、グローバル、地域、ローカルの市場参入チームが中国の価格戦略に対して早期に連携することが重要である。また、発展しつづける中国の商業模式を洞察し、適時に組み込み、NHSAと共にその長期的な政策目標達成を支持する姿勢を示すことである。
  • 特に外国のライセンサーにとっては、常に最良の商業模式を求めて変革を繰り返す中国において、急速な成長を遂げる中国への洞察とそれを捉える卓越した能力が必要となる。そして、潜在的に重大なリスクを回避する為に中国の将来の償還環境を形成する根本的な要因を正確且つ完全に理解する必要がある。

大幅な薬価引き下げが標準化する

2020年12月28日、中国の公的医療保険制度の現時点の支払人であるNHSAは、製薬会社との集中的な価格交渉を経て、2020 NRDLを発表した。これは2021年3月1日に効力を発生する。交渉の対象となった162品目の医薬品のうち、119品目が2020 NRDLに収載された。対して、2019年は、交渉対象品目150の医薬品のうち 97品目が2019 NRDLに収載された。2020 NRDLに収載された119品目のうち、96品目は後発薬がない医薬品であり、23品目は後発薬が存在する医薬品である。平均価格引き下げ率は50.64%である。2019年は60.7%であった。

2019 NRDL に収載されていた29品目の医薬品は、臨床的価値が限定的であることを理由として、或いは中国国家薬品監督管理局 (NMPA)の承認取消により2020 NRDLから除外された。後発薬のない14品目については再度交渉が行われ、43.46%の薬価引き下げのうえ2020 NRDLに収載された。

新たに収載された西洋薬の半数以上が多国籍製薬会社の製品と見積もられている。ノバルティスは最大の勝者であり、8つの医薬品及び新規適応症(大部分が近年承認された)が2020 NRDLに収載された。ノバルティス製品は、複数の異なる適応症をカバーしており、2種類の緑内障点眼薬、様々な癌を標的とする3種類の医薬品、多発性硬化(症)向けの2種類の受容体モジュレーター及び1つの乾癬治療薬を含む。イーライ・リリー、アストラゼネカ及びアステラスはそれぞれ2つの新薬が、一方でファイザー、バイエル、ノボ・ノルディスク及びサノフィは、それぞれ1つの新薬が2020 NRDLに収載された。加えて、国内の有力な画期的新薬の会社も成功を納めている。ベイジーン及びハンソンはそれぞれ3つの新薬が、ハンルイ、Chimin及びHuakangは、それぞれ2つの新薬が2020 NRDLに収載された。

2020 NRDLには、かつて高価であった複数の医薬品、すなわち、10種類のモノクローナル抗体が収載されている。PD-1(Programmed cell-death protein 1)では、ハンルイ (カムレリズマブ、2019年5月に最初の適応症が承認され、他の適応症は2020年初めに承認された)、Junshi (Toripalimab、2018年12月に承認された)、及びベイジーン(最初の適応症が2019年12月に承認され、第2の適応症が2020年4月に承認された) がそれぞれ1つのNRDLの最終償還治療薬の地位を確保したが、多国籍企業の製品は、メルクシャープ アンド ドーム(MSD)のキイトルーダ及びブリストル・マイヤーズ・スクイブ(BMS)のオプジーボ(両方とも2017年上半期に承認された)を含め、いずれも収載されていない。2020 NRDLの発表後まもなく、当然のように、MSDとBMSは、2021年の新しい患者支援制度について発表した。別の国内PD-1製品であるイノベントのシンチリマブは2019 NRDLに収載されていた。このことは、4種類の国内のPD-1製品全てが2020 NRDLに収載されたことを意味する。

希少疾病用医薬品は、また別の争点となっている。ノバルティスの多発性硬化症(MS)治療薬Gilenya 及びMayzentは2020 NRDLに収載されており、患者の自己負担医療費額を年間で約46,000人民元軽減した。NMPA は2019年7月にGilenyaを承認し、2020年5月にMayzentを承認した。このほか、肺高血圧治療アンブリセンタン、ハンチントン病治療薬デューテトラベナジン(2020年5月に承認)等その他のオーファン・ドラッグも幾つか収載された。しかしながら、世界中希少疾病用治療薬として最も承認されている脊髄性筋萎縮症治療薬スピンラザ等は収載に至っていない。

2020年暫定措置は、中国が画期的新薬導入を行う為にNHSAが引き続き合理的な償還ルートを慎重に整備する準備が整ったことを示している。

2020年7月30日、NHSAは、基本医療保険の対象となる医薬品利用の管理に関する暫定措置 (2020年暫定措置)を公表した。これには、NRDLの交渉及び管理に関する詳細なプロセスが記載されている。2020年暫定措置以前には、都市従業者に関する基本医療保険の範囲の管理に関する暫定措置 (1999年暫定措置) が存在した。1999年暫定措置は、この20年の間に国家医療保険保障制度の発展と都市及び地方の医療保険保障制度の革新的な統合などの政府による改革により幾分陳腐化していた。

その一方で、NHSA及び中華人民共和国人力資源社会保障部 (MOHRSS、NHSAの前身で国家医療保険保障制度の運営を管理) は、2016年以来各交渉を牽引し、製薬会社との定例的且つ全面的な交渉を確立し、限られた予算の中で画期的新薬を少しでも多く含めるよう努めてきた。2020年暫定措置は、過去の交渉から得た教訓に基づいて築かれたNHSAの現時点の考えであるとある程度見なされている。

2020年8月17日、NHSAは、2020 NRDLの調整に関する作業計画 (2020年作業計画)を正式に発出したが、これは 2020年暫定措置を実現するために講じられた最初の措置である。2020 NRDLは、今後のNRDL収載交渉及び更新についての礎を築き、大きな節目となった。

2020年暫定措置によると、NRDLは年に一度調整される。正式交渉に先立ち全ての製薬会社は(一連の基準に服することとして)、年次交渉の候補となる製品を提出することができる。NHSAは慎重なる検討の後に、交渉の対象となる製品候補のリストを公表する。次にNHSAは、製薬会社との価格交渉を主導する専門家チームを結成する。後発薬のない医薬品の支払基準は交渉によって決定される。後発薬がある医薬品は、入札によって決定される。交渉又は入札を乗り切った製品がNRDLに収載される。

2020年作業計画は、予算制約に取り組み、画期的新薬利用を促進することにより2020年暫定措置を実現する最初の取り組みである。

2020年作業計画は、2020年暫定措置と実質的には同様の構造である。2019年作業計画と比較して、重要な点は次のとおりである。

a. 製薬会社が、償還適用申請及び交渉を開始する権利を獲得した

2019 年作業計画では、交渉の対象となる製品候補のリストは、NHSAが指名する専門家チームによって決定され、NHSAは製薬会社自らが行う申請を受理しなかった。2020年作業計画においては、製薬会社自身の裁量で交渉の対象となる製品を提案することができる。この申請を行うために、製薬会社は、当該医薬品の基本的情報、価格情報及び他の資料をオンラインで提出しなければならない。2020年作業計画によると、オンラインのプラットフォームは2020年8月21日から8月30日までの間に申請を受け付けた。また、申請した会社は、2020年8月30日までに申請書類のハードコピーをNHSAに郵送する必要があった。この変更により、中国の償還制度と、償還手続が確立されているフランス、ドイツ、日本及び英国等の他国の制度との整合性が高まっている。

NHSAは何百件もの申請を受理していたにもかかわらず、2020年12月に交渉したのは僅かに162品目の医薬品にとどまった。たとえば、ファイザーはNRDL交渉に際して極めて珍しい希少疾病用治療薬であるビンダケル(タファミジスメグルミン)をNHSAに提出した。ビンダケルは、臨床上緊急に必要な海外新薬のリスト(List of New Overseas Drugs Urgently Needed in Clinical Practice)に収載されており、2020年2月にNMPAに承認されたばかりであった(以下の項に説明する資格基準を参照されたい)。この申請は2020年9月にNHSAのプロフォーマ審査を通過していたため、ファイザーは全ての必要書類を既に提出していた。しかし、ビンダケルに関する交渉は行われなかった。

b. 選別基準としての資格基準は今後も発展し、外部環境の状況により変更される可能性がある

製薬会社は最近になって初めて償還申請を行うことができるようになったにもかかわらず、NHSAは、資格基準を整備した。従って、NHSAは、今後も交渉段階で実際に検討の対象となる申請件数の門番を務めることになる。このように、中国は、同様の申請提出が、ライセンス付与又は特定指定の付与を申請の条件とする世界の大半の国々とは対照的である。

専門家による審査及び交渉の期間は僅か3ヶ月で終了し、また、2020年の予算が2019年の予算を超える可能性は低い。予備的な選別基準では、適切な償還申請はNHSAの政策に沿って妥当な配慮を得ることができる。

2019年作業計画によると、NRDLに収載される医薬品は、2018年12月31日までに承認された医薬品でなければならず、優先順位は、必須医薬品、癌などの主要疾患及び希少疾病用の治療薬、小児向け医薬品の順である。

2020年作業計画には、次の最新の基準が記載されている。

  • COVID-19治療薬;
  • 国家必須医薬品リスト(National Essential Drug List:NEDL) 2018年版に収載された医薬品;
  • 緊急の必要性がある海外医薬品、優先ジェネリック医薬品又は小児向け医薬品の内2020年8月17日までに承認されたもの;
  • 第2ラウンド国家数量ベース調達医薬品に該当する医薬品;
  • 2015年1月1日から2020年8月17日までに承認された新有効成分又は新製剤を含む医薬品;
  • 2015年1月1日から2020年8月17日までに適応症、機能及び用途の主要な変更が承認された医薬品;
  • 2019年12月19日より前に、5つ以上の省の償還医薬品リストに収載されている医薬品。

2020年作業計画の基準は2019年の基準よりも包括的であるため、2020 NRDLではより多くの画期的新薬が収載されている。NHSA自身が8月17日に行った改定により、同日までに承認された医薬品のNRDL申請の提出が認められた。これに比べ、2019年のNRDL交渉は、2018年12月31日より前に中国で上市されたシングルソースの医薬品を対象としていた。この改定は、満たされない臨床上の必要に対応し、承認と償還の相互の関係を強化して画期的新薬を導入しようとするNHSAの意図を表す。例えば、ノバルティスのメーゼントは2019 NRDLが定める基準では検討の対象とならないが、2020 NRDLでは恩恵を受けることになると思われる。

前述のとおり、NHSAは、2019年又は2020年に承認された一部の医薬品を2020 NRDLに収載した – 患者にとっては朗報である。さらに、NHSAはこうしたアプローチを用いて、償還医薬品の価格をさらに引き下げ、過去のNRDLに自社の画期的新薬を収載することができなかった製薬会社に対しては、2020 NRDLの収載申請の際に大幅な値下げをするよう暗に働きかけることができる。

製薬会社の画期的新薬はほどなくNRDLの強引な価格設定方針に直面する可能性が高い。従来は、画期的新薬の高い価格は承認後の早い段階で利益率に貢献していたが、それによって売上数量は、限定的であった可能性がある。製薬会社は、自社の画期的新薬のNRDL収載によって売上の急増を求める場合、高価格に基づく最も望ましい利益率をおそらく諦めなければならず、これは製薬会社が支払わなければならない代償である。

c. 後発薬の有無により価格設定方式が異なり、NHSAとの交渉方法が償還を受ける鍵となる

2019 NRDLにおける価格は交渉によってのみ決定されている。2020年暫定措置では、後発薬のない医薬品の支払水準は交渉によって決定され、後発薬がある医薬品は入札によって決定される旨が明確にされている。これはNHSAにとっては当然で合理的である。というのも、医薬品の供給者が複数存在する場合政府の交渉力は高まり、反対に供給者が1社のみの場合には交渉力が低下するためである。こうした価格決定方式は、後発薬のある医薬品の供給者間の競争をさらに激化させるものとなる。

後発薬のない医薬品の交渉に関して、2019年作業計画及び2020年作業計画によれば、専門家チームが計算の専門家を採用して最低価格、即ち交渉におけるNHSAの目標価格の見積もり及び計算を行う。NHSA交渉担当官は、交渉の場においてのみ最低価格を知ることができる。各社は、価格を提示する機会を2回与えられ、両方の提示価格が最低価格を15%以上上回った場合は退場する。NHSA担当官は、提示価格が最低価格の15%以内だった企業と最終価格の交渉を開始する。

2019年、製薬各社は、日本、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、英国、カナダ、韓国、米国、オーストラリア、トルコ及び台湾を含む12の「推奨国又は地域」の医薬品価格(国際参照価格、「IRP」)の提出を求められたと報じられた。公表されたNRDLの価格(会社は価格非公開を選択可)は、「偶然にも」トルコの価格に近く、上記12の国又は地域の中で最も低い価格であった。2019年作業計画又は2020年作業計画のいずれにおいてもIRPの仕組みは明らかにされていないが、IRPの採用については公式及び非公式の報道で言及されており、最低価格の計算に関連している可能性がある。

NHSAは公式に定められた参照価格を運用していない。「推奨国又は地域」の部分は毎年改定される可能性がある。IRPは、NHSAとメーカーが価格交渉を始める際の有用なベンチマークとなり得るが、IRPの決定方法に関する詳しい情報はほとんどなく、最終償還価格を決定するための管理基準というよりはむしろNHSAの最終償還価格を正当化するための策略として認識される可能性がある。従って、IRPは恐らく、NHSAが今まで言及して来た「近隣国で最も低い価格」という約束を果たすため毎年一部の国を参照対象に含めたり外したりすることにより価格を調整する有用な役割を果たすと思われる。

2020 NRDLの課題では、2020年の10月から11月の交渉・入札段階では財政的影響評価及び薬剤経済学の専門家が参加し、交渉の専門家は評価に基づいて交渉と入札を行う。薬剤経済学の重要性は、今後の数年間も強調される可能性が高いが、全体的な価格設定の仕組みは主に、財政的影響や、いかに国際的に最も有利な価格で医薬品を提供するかと言う政策目標達成といった要因に依拠している。

d. 過去のNRDL収載品は再交渉の対象、除外される可能性もあり、償還価格には様々な条件のもと「失効」日が設定される可能性がある

2020年暫定措置に定められているように、2020年作業計画は、2019 NRDL収載の一部医薬品の再交渉について規定した。再交渉は、2019NRDL収載の医薬品が類似の医薬品より著しく高価であるとき、又は、会社が再交渉を申請したとき、或いは、専門家チームが再交渉を行うことを決定したときに開始される可能性がある。2020年作業計画又は2020年暫定措置のいずれも、どの様な場合に企業が再交渉を申請することができるのか、又は専門家チームが再交渉を決定するのか、それとも、専門家チームが再交渉を決定する際にどのような基準を採用するかについては定めていない。

これに加え、2020年暫定措置によると、ブランド薬の契約期間である2年の間にジェネリック医薬品が発売された場合、NHSAは、ブランド薬がNRDLに収載された後の2年の契約期間中であっても、ジェネリック医薬品の支払基準に従って当該ブランド薬の支払基準を調整することができるとされている。2年の契約期間満了の後、NHSAは支払基準を調整することができ、契約を「関連規則」に従って更新することができる。NHSAは、ブランド薬の価格調整の詳細について爾後説明する可能性がある。それでもなおNHSAは、ブランド薬の価格の調整において一定の裁量権を有する可能性がある。2020年暫定措置は、NRDL収載の医薬品の契約期間は「原則として」2年間であると規定するのみである。2020 NRDLの契約期間は、2021年3月1日から2022年12月31日までとなっており、2年に満たない。

2019 NRDL及び 2020 NRDLの両方において、過去のNRDLに収載されていた医薬品の一部が、臨床上の価値が限定的であること又は承認取消を理由に除外されている。2020年暫定措置は、リストから除外される医薬品の基準について詳細に規定している。前述の2つの場合の他、リスクの高い医薬品又はネガティブ・リスト収載の医薬品も除外される。「ネガティブ・リスト」は定義されておらず、NHSAによる説明が待たれる。現行の実務では、2019年の主要モニタリング及び合理的使用の対象となる第一次医薬品リスト(First Batch of Drug List under Key Monitoring and Rational Use)が医薬品の「ネガティブ・リスト」であるように思われる。2020年7月、NHSAは薬価及び購入に関する信用評価制度の整備に関するコメント用ドラフトを発表した。当該ドラフトは、製薬会社の不正行為を記録する信用評価制度を提案した。2020年5月、安徽省NHSAは、GMP(Good Manufacturing Process)に関する責任のネガティブ・リストの整備に関するコメント用ドラフトを発表した。安徽省ネガティブ・リストは、法令に違反した様々な製薬会社を掲載することを提案している。この2つの文書はまだ公式な規則として成立していないが、ありうる方向性を反映している。

e. 省によるNRDLの調整はまもなく終了し、国家的取り組みにより大幅な割引を迫られる

1999 年暫定措置の発布以来、中央政府は調整件数がNRDL収載医薬品の総数の15%を超えないことを条件に、省政府がNRDLに地域ごとの調整を行うことを認めてきた。省によるこうした調整は、賄賂や地域保護主義といった非難や憶測の対象であった。NHSAは2019 NRDLを発表した際、地方政府に対し、厳格にNRDLを実施して、省のリストを発行したりNRDLを調整したりしないよう求めた。それ以前の省のリストに収載された医薬品は3年間で段階的に廃止される。

2020年暫定措置では、省政府は、適格な必須医薬品、医療機関の医薬品及び漢方薬 (TCM) の煎じ薬のみを追加的に収載することができると定めている。NHSAは、2020 NRDLを発表した際、省による調整は認めないと繰り返した。2019年及び2020年、多くの省にあるNHSAの支所は、省の調整は認められず、従前の省のリストに収載された医薬品はすぐに外すか(江西省)又は3年以内に段階的に廃止する必要があると強調した。たとえば、2019年の安徽省のNHSAは、3年にわたり 4:4:2 の比率で段階的廃止を実施することを決定した(すなわち、2020年に40%を廃止し、2021年に40%を廃止し、2022年に20%を廃止する)。

省が行った調整は、NRDL未収載の医薬品の代替手段として利用されてきた。画期的新薬のポートフォリオを有する製薬会社は、省の調整を第2の頼みの綱として、又は収益を生み中国国内で製品の評判を高めるための次善の策として捉えるであろう。製品の価格が国家レベルで検討するには高過ぎる場合であっても、資源又は関心を有する一部の省がこれを検討する可能性はある。省での調整が禁止されたことによりこうした代替手段はもはや実行不可能となる可能性がある。

省の調整がまもなく終わるのであれば、NRDLはやがて医薬品メーカーにとって公的医療保険償還を受ける為の唯一実行可能なオプションとなる。これは、NRDLにおいてNHSAと交渉する医薬品メーカーの裁量を減らし、又、医薬品メーカーに対しては、年次NRDL価格交渉で自社製品のNRDL収載を確実とするためにNRDLが希望する引き下げ水準を過大に見積もることにより譲歩を引き出すよう圧力をかけるであろう。

それでもなお、一部の省は、希少疾病に対する特定の医療保険保障制度を備えている。たとえば、浙江省は希少疾病のための独自のファンドを整備している(年間1人あたり2人民元が地域の重症疾患保険から徴収される)。また、山東省及び雲南省の重症疾患保険では、複数の希少疾病をカバーしている。NRDL未収載の希少疾病用治療薬の供給者は、こうした特別な制度によって担保される医薬品リスト収載の申請を検討することができる。但し、希少疾病に関する特別な制度の資金源である重症疾患保険は、最終的にはNHSAが管理する基本医療保険保障ファンドを資金源とする。医療保険保障資金が全般的に不足していることを鑑みると、これらの制度が追加的な疾病及び医薬品をカバーするだけの十分な余裕がない可能性がある。さらには、2020年12月及び2020 NRDLの交渉期間中、NHSAは、中国人民政治協商会議(CPPCC)による希少疾病に関する国家的ファンド設立の提案を退けている。

民間保険はNHSAによって歓迎されており、別の選択肢となりうる。製薬会社独自の患者支援制度も、一定レベルの競争力を取り戻す助けとなる可能性がある。

上市におけるNRDLの戦略上の利点の再考

2020 NRDLへの製品収載は、価格面の大幅な譲歩にもかかわらず、売上を押し上げる。シンチリマブは価格を63.7%引き下げて2019 NRDLに収載された。収載された初のPD-1 医薬品として、2020年上半期6ヶ月間におけるシンチリマブの売上は177.7%増加して9億2,090万人民元となった。しかし、他の国産 PD-1医薬品が2020 NRDLに収載される前において、シンチリマブの総売上収益は、売上数量の急増にかかわらず、ほとんど価格引き下げの影響を受けなかったとする見方もあった。2020年上半期におけるシンチリマブの売上収益は、ハンルイのカムレリズマブ(その時点ではNRDL未収載)を下回ると見積もられていた。その主な理由は、カムレリズマブは4つの適応症について承認されていたが、シンチリマブは1つの適応症に限られていたためである。カムレリズマブは相対的に高い売上数量を達成し、同時に著しく高い価格を維持した。よって、NRDLに自社製品が収載されていない製薬会社も過度に落胆する必要はなく、技術的優位性を達成して維持することに注力するべきである。

NRDLに自社製品が収載されている製薬会社は引き続き用心を怠ってはならない。後発薬のある医薬品については、既にNRDLに収載されている競合先及び翌年の交渉で収載を申請する競合他社から圧力を受ける可能性がある。たとえば、アリサルタンイソプロキシルは 2017 NRDLに収載され、著しい売上増加を達成したが、依然としてバルサルタン等の成熟した製品に大きく遅れをとっている。後発薬のない医薬品にとっては、今後のジェネリック製品の上市も競争上の圧力となる。さらに、NRDLの年次調整は、2020年暫定措置において定例の方針となり、製薬会社にとって途切れることのない圧力となる。売上数量と販売価格のバランスを取ることが今後も絶えざる課題となる。

医薬品のNRDL収載は望ましいが、不可欠ではない。NRDL収載の決定は、様々な商業化シナリオの徹底した評価に基づき、環境の変化への理解をすみやかに取り入れることによって行われる。

次の波に乗る

2020 NRDLは2020年暫定措置に基づいて取られた最初の措置であり、今後のNRDL交渉の理解への一助になると思われる。NHSAは臨床的価値の高い医薬品、特に画期的新薬の全てを収載する意思があるとみられる。ただしNHSAは、中国の古い諺「踏石を探って河を渡る」のように、より漸進的で慎重な方針をとる可能性もある。最も重要な点は、医療へのアクセスが困難であるという社会の不満と薬剤費の重い経済的負担に対応する使命をNHSAが負っていることである。医薬品メーカーは長期的な視点によるローカル市場の成長の恩恵を受けるために中国のリソースに投資することを望んでおり、またNRDLは遅かれ早かれ製品の市場浸透度を押し上げる唯一の経路となることから、NHSAは医薬品メーカーに対し優位な立場に立って中国の国民が有利な取引ができるよう支援する可能性が高い。NRDLの手続きはまだ幾らか修正される可能性がある一方で、常時のNRDL収載を活用する必要がある医薬品メーカーは、次の点に留意する必要がある。

  • 市場参入の準備は、規制上の届出を行う前に又は遅くとも並行して行うべきである

中国が現在行っている規制改革及びNMPAに対する継続的な資源の投資により、当局の審査期間は早まって来ている。中国におけるいわゆるドラッグ・ラグ (新薬承認の遅延) はこのところ大幅に改善されており、 中国と、米国、欧州又は日本における同じ医薬品の承認日の差は縮まっている。複数の状況では、緊急の必要性がある海外新薬の審査期間は、米国における審査期間よりかなり短い。

NHSAはその日までに承認された医薬品についてNRDL収載申請を行うことを認めており、また、各NRDL収載の交渉期間は2~3ヶ月程度であることから、NRDL収載のための準備はできるだけ早く、NMPAに対する新薬承認申請の提出までには開始する必要がある。

  • 価格交渉の成功は、本社、地域及び中国統括会社間の早い段階での連携を意味する

グローバル市場参入チームは通常、その価格モデルの開発を、特に希少疾病用治療薬やコストの高い画期的新薬に関しては、中国における価格モデルの開発よりだいぶ前に行っている。ほとんどの場合、ローカル市場参入チームはNHSAに申請する際に価格モデルを決定するための十分な権限を与えられておらず、グローバル市場参入又は商取引チームの承認を求める必要がある。交渉期間が短いこと及びNRDLが中国の医薬品償還に関する最も重要なメカニズムとなっていることをふまえると、ローカル市場参入チームは、申請から交渉までの間、多大なプレッシャーに晒される。従って、グローバル、地域およびローカルチーム間の連携をかなり早い時点で開始し、市場参入チームに十分な時間を与えてグローバルな指針を調整又は改定してNRDL収載手続の展開を反映させる必要がある。NHSAに価格を提示する機会は1度又は2度に限定されることを考えると、NHSAとの交渉を「受けるか否かの交渉」と捉える向きもある。この力学によって、医薬品メーカーは交渉が失敗するのを回避するために価格をより大幅に引き下げざるを得なくなる可能性があり、失敗すれば医薬品メーカーは少なくとももう1年待つ必要がある(その間、医薬品メーカーは十分な利益が出ないまま営業費を使い続けるリスクを負う)。

  • 詳細かつ明確な価格決定方式が実現又は発表されるまでは時間がかかる可能性があるが、財政的影響の適切な検討とNHSAへの協力の確約は、最終的な価格交渉の際の救世主となる可能性がある

薬剤経済学観点からの評価はNRDLにとって目新しくなく、この評価はNHSAの考えにあるその他の多くの治療法の間で競争力ある価値提案を提起するためにある。適切な利害関係者を関与させ、適正な価値算定を証明できるエビデンス書類一式を備えることができれば、NHSAの方式において競合先及び比較対象者との差別化を図る為に役立つ。そうは言っても、NHSAにとって公衆の期待に応えることは依然として重要である。財政的影響の分析は、予算をどれだけ拡大することができるかをNHSAが判断する助けとなる。また、中国における価格と、他国における価格との比較は収載の最終決定において、最も重要とはいえないまでも、特に重要であろう。NHSAは、その参照価格の計算について、他の大半の国が発表しているのと同程度の詳細を発表していない。しかし、地理的に近接する、又は1人あたりのGDP等の指標により同様の経済的状態にある他国の最低価格が、NHSAにおいて優勢な政策目標である可能性は高い。

アウトカム・ベース(治療成果型)の価格等の一般的ではない価格設定モデルは、NHSAにとって魅力的であると思われる。しかし、そうしたモデルがすぐに又は広範に採用される可能性は低い。そうしたモデルが採用される場合、近隣国の最低価格という政策目標を達成する手段又は保証としての役割を果たす可能性がある。

  • ライセンサーへの注意: 上述の力学をしっかり注視し、得られた理解を速やかに取引に活かすこと

中国の状況は流動的といえるが、一貫性のある一定の傾向が存在する。現行のNRDL及びNHSAの業務の変化は、中国における商業化の手法に影響を与え、それによって異なる取引構造が生じる。非中国企業である中小のバイオテク企業の多くは中国のパートナーに依存している。こうした企業の事業開発チームは、ボストン、コペンハーゲン、大阪等所在地にかかわらず、趨勢を認識して取引構造の形成における不確実性にすばやく対処することが重要である。いずれにせよ、ロイヤリティや商業上のマイルストーンは中国市場の成長というプラス面に基づいている。そして、中国市場の成長は、その大部分が市場参入への重要な要素である商業化の成功にかかっている。ライセンサーは、償還に対する変更の機会を活かすには、中国国内のパートナーよりも慎重であるか又はむしろより多くの知識を持っていなければならない。交渉における知識の不足は、会社の不利益を招くだけでなく、重大なリスクを負わされることになる。

NHSAは世界最大の人口に手頃な価格の医療を提供するよう努めており、NRDLの政策及び措置を本格的に展開することは大きな試みである。NHSAが目標を達成するための近道は存在しないが、現在のNRDLのアプローチは、中国における医療費償還市場の大勢の形成に NHSAが自信を強めていることを表している。最終的なスキームはまだ決まっていないが、その大枠はまもなく固まる可能性がある。多国籍企業や中国以外の製薬会社は、現在のスキームの根底にある政策の牽引役を考慮して然るべきアプローチを組み立てる必要がある。